薬師院 仁志 (著)『日本とフランス 二つの民主主義』

 民主主義対絶対王政の時代は終わり世に民主主義が普及した現代において、民主主義の中の相違点、つまり、自由主義と平等主義のどちらを選ぶかが問題となる。この二つは対立する概念であり、近代の民主的な選挙では、このうちのどれを選ぶかが焦点となっている。しかし、日本では戦時期に民主主義も自由主義も共産主義も一緒くたに弾圧対象となったために、民主主義に対する正しい理解ができていない。だから、日本ではどの政党も民主的で自由で平等な社会を目指そうということになり、国民は事実上、選挙で選択肢が与えられていない。
 本書では、フランスの社会情勢を例にして、平等主義を紹介している。日本はアメリカ型の自由主義社会であり、自由主義の良さも悪さも知れれているが、フランスのような平等主義はあまり知られていない。自由主義と平等主義それぞれの長所短所を知ってもらい、国民が正しい情報と理解を持った上で選挙に臨むことが著者の狙いである。
 なお、ここでいう自由とは、あくまで「経済活動の自由」である。個人の思想や宗教は日本もフランスも当然自由である。これらの自由をも奪って完全な平等社会を築こうとするのがソ連・北朝鮮などの共産主義(社会主義)、経済活動の自由を制限して格差を許容範囲にとどめようとするのがフランスなどの平等主義(社会民主主義)、経済活動の自由を広く認めて自由競争によって経済を活性化させようとするのがアメリカ・日本などの自由主義だと本書では位置付けている。本書では平等主義と自由主義の対比に重点を置いている。


 本書は、政治的な意味における右と左が何を意味するのかを知るためにも役立つ。右翼、左翼。
 本来、伝統的・保守的・現状維持的な主張が右であり、革新的な主張が左である。つまり、産業革命以来の伝統である自由主義(リベラル)が右派、自由を制限して実質的な平等を実現しようというのが左派である(共産主義はこれを極端にしたもの)。右翼=国粋主義という認識は本来の区分法ではない。
 ところが、日本では、戦後長らくこの構図が当てはまらなかった。日本では戦時期に民主主義も自由主義も共産主義もともに国家主義に反するものとして弾圧対象になった。当時は民主主義・自由主義・共産主義が国家主義と対立するものと考えられていた。このため、日本では「保守的」という言葉が自由を抑圧する封建的な政治を意味するものと考えられていた。戦後の左翼人は戦前戦中の考え方を否定しているつもりでも、この考え方はしっかりと継承した。また、自民党などの保守政党は自由主義を掲げてはいたが、護送船団方式や食糧管理制度、公共事業を通じた市場原理に反する利益配分など、自由主義とは程遠い政策を続けてきた。
 この結果、自由を制限して既得権益を守ることが保守主義だと理解され、右派=保守=反動的=統制主義、左派=革新=進歩的=自由主義といういびつな等式が成り立ったと言う。(P.60〜67参照)本来は右派=保守主義=自由主義で自由競争推進、格差やむなしで、左派=統制主義、格差抑制である。
 もっとも、私はこの点については少し疑問を持つ。単に日本では政治用語の使い方が欧米諸国と異なるだけで、55年体制は中道左派の自民党と極左の社会党・共産党の対立の時代ではないかと私は思う。
 しかし、本書を読めば、「右」と「左」、「保守」「革新」などの政治用語の混乱を整理することができるだろう。
 なお、アメリカでは、共和党が自由主義、民主党が(あくまで共和党との比較の上で)平等主義である。にもかかわらず、民主党の方がリベラルと呼ばれているが、ここでいうリベラル(自由主義)とは経済ではなく宗教についての話である。共和党はプロテスタントの倫理観の影響を強く受けており、人工妊娠中絶や同性愛、進化論教育に反対しているが、民主党はそれらについて寛容であり、そういう意味でリベラル=自由なのである。経済政策から見れば、共和党の方が自由主義である。(P.71〜76)


 フランスの社会の長所短所や「右とか左って何?」といったことを知りたい人に本書をおすすめしたい。読んだところ、著者はフランスびいきのように感じられるが、フランスの社会政策やその考え方について問題点も含めて深く解説している。
 また、愛国心=右翼=反民主的=国粋主義などという短絡的な発想に陥っている人にも是非読んでもらいたい。
 また、巻末資料には減税・補助金などフランスの子育て支援サービスが17ページに渡って収録されており、それだけでも利用価値はあると思う。


以下、私が特に興味深いと感じた部分をピックアップする。

日本の左派政党の凋落「“珍主張”を続けた日本の左翼人」P.48〜
消費税は本当の金持ちに不利な税制P.51〜53
郵政選挙、保守政党らしい自民党と反対主張を出せない野党P.79,80
社会民主主義の誕生=愛国心の強調P.141〜145
徴兵制に賛成するのは左翼P.146〜148
日本的左翼勢力の自己矛盾P.148〜151
人権 神に守られるアメリカ人、国家に守られるフランス人 両憲法の比較 アメリカは人権神授説P.164〜173,76
フランス「内戦」 対した暴動ではなかった?P.178〜189
フランスの雇用 正規と期限付 非正規雇用の方が企業に不利P.216〜219
フランスの少子化対策 手厚い福祉と安い学費P.232〜242




『日本とフランス二つの民主主義―不平等か、不自由か』
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