井上薫「司法は腐り人権滅ぶ」(講談社現代新書、2007年)


 かなりセンセーショナルなタイトルの本書、一体何を言いたいのかというと、主な内容は蛇足判決(ねじれ判決)と裁判員制度の批判だ。

 著者の井上薫は元裁判官で、判決文を導くのに必要の無いことを判決文に書いた「蛇足判決」は越権行為であり違法だと考えていた。その考え方を自身の職務で実践し、井上氏の判決文は短いものが多かった。それを当時所属していた横浜地裁の所長に改善するよう勧告されたが井上氏は従わず、人事評価で減点され、判事に再任されなかった。(井上薫「我、「裁判干渉」を甘受せず」「諸君!」2006年1月号)

 本書で越権の判決として批判しているのは尊属殺人重罰規定違憲判決、小泉首相靖国参拝違憲判決、愛媛玉串料訴訟最高裁判決の3つの判決である。

 尊属殺人重罰規定違憲判決とは、10年以上前から父親から性的虐待を受け妊娠までしていた女性(加害者)が父親に別の男との結婚を希望すると父親に監禁され、思い余って父親を殺害したという事件だ。余りにも気の毒な境遇の彼女を実刑に処すべきてはないと多くの裁判官は考えたが、当時、親殺し(尊属殺人)は死刑または無期懲役の重罪だった。殺害状況から過剰防衛(刑の免除が可能)は認めがたく、心神耗弱と情状酌量で減刑しても刑法上の規定により懲役3年6月が精一杯であり、執行猶予(懲役3年以下の場合のみ)を付けることができなかった。
 そこで、最高裁は尊属殺人を執行猶予が付けられないほどの重罰にするのは平等原則に反し違憲だとする判決を下した。
 井上氏はこの判決のやり方を批判している。最高裁は憲法裁判所ではないので、事件ごとにある法律を適用することが違憲だと判断することは許されても、法律そのものを違憲だと判断することは許されない、というのが理由だ。だから、尊属殺人の規定それ自体を無効だと判断するのは越権であり、この事件に適用することが違憲だと判断するべきだと主張している。


(後日追加執筆予定)