総理大臣が麻生太郎になってから、野党・マスコミが総理に対して「ブレている」というフレーズで批判することが増えいるように感じられる。

 もう忘れている人も多いだろうが、5月に厚生労働省分割案の具体化を麻生首相が閣僚に指示し、最終的に断念したことについて、野党・マスコミは「また麻生首相の発言がブレた」と批判した。
 これについては、麻生首相は「そういう命令はしていない」と否定したようであり、事実関係ははっきりしないが、ここでは事実関係についてはマスコミの報道が正しいという前提で話を進める。

 野党・マスコミによれば、政治家たるもの、一度口にしたことは必ず実行しなければならないようだ。たとえそれがある政策の「検討」とか「具体化」といった程度の確定的ではないものについても、「やっぱりやめよう」という選択肢は許されないのである。

 厚労省分割案が出た背景には、同省が社会保険・雇用・医療・衛生など極めて幅広い業務を管轄しており、1人の大臣が統括するには大きすぎるという事情がある。同省の予算も他の省庁に比べてとても大きい。この不都合を見て分割を思いつくことはそれほどおかしなことではない。
 そこで、麻生首相は深く考えずに厚労省分割案の検討・具体化を指示したのだろうが、いろいろ調べてみると問題がたくさんあったようだ。それを知って麻生首相は厚労省分割は取りやめとしたが、これが「ブレている」そうだ。

 では、麻生首相は「ブレている」という批判を受けないためにはどうすればよかったのだろうか。選択肢は3つ考えられる。

1:最初から厚労省分割などという難しい事は言わない。
2:厚労省分割について野党・マスコミ・国民には非公開で調査・議論を進め、密室でどうするか決め手から分割案を公開する。密室で決めたことはもう変更しない。変更したらブレている。
3:いったん思いついた政策はどんな問題にぶつかろうとも、どんなデメリットが生じようともやり遂げる。

 私に言わせてもらえば、1番目の選択肢を選ぶようでは政治家失格だ。何のために高い給料を税金から払っているのか。それは国を良くするために頭を使ってもらうためだ。その任務を放棄する人間に政治家となる資格は無い。
 2番目の選択肢は民主主義に反する。今の国会でも本当に「議論」されているか疑問だが、2番目の選択肢を推奨するということは、国会での「議論」によって良い法律・政策を作るという民主主義思想を否定することだ。政府で決めたことは議論の余地を残さず多数決で押し通すことが望ましい政治だと考える人は麻生首相を「ブレている」と批判し、2番目の選択肢を対案として示せばよい。
 3番目の選択肢はもっと悪い。2番目の選択肢では、一応、細かい所まで議論を詰めているが、3番目では、思いつきの状態から進んでいない。滅茶苦茶な政策が民主主義的観点から決して望ましいとは言えない多数決至上主義原理で実行に移される可能性がある。

 そもそも、ある政策が必要だと総理大臣が思いついた場合に、早い段階から公開の場でその政策が議論され、多くの人から問題点が指摘され、必要に応じて最初の提案を修正・撤回することのどこが間違っているのだろうか。これがあるべき民主主義だと思うのは私だけだろうか。

 安倍首相の頃から、マスコミは事あるごとに総理に対して決して本質的とは言えない、人を小バカにしたような批判をすることが多くなったと感じられる。政治思想が近く信頼できる人間を閣僚に配置することを指す「お友達内閣」という流行語ができ、安倍政権のイメージは大幅ダウンした。今度は「ブレている」がテレビ・新聞で連発されている。

 マスコミに良識だとか公正さなどをを求めること自体が間違っているのだろうか。