未成年後見人として孫の財産を管理する祖母が孫の財産を横領したとして、最高裁は祖母に有罪判決を下した。この事件では、直系親族間の窃盗横領などの刑を免除する刑法第244条が未成年後見人にも適用されるかが争われていたが、最高裁は「未成年後見人は公的性格を有しており、刑は免除されない」との初判断を下した。
参考記事:孫の財産着服した後見人、親族でも刑免除せず…最高裁が初判断(2008年2月20日23時14分 読売新聞)
泥棒は悪い、というのは当たり前の話だが、日本には、親族間の財産犯を不処罰にする規定がある。つまり、親や息子、祖母や孫の物を盗んだり横領したりしても、その道徳的評価はともかく、刑法は関与しないということだ。
このような規定の背景には、「法律は家族の問題に関与せず、家族内で解決すべし」という考え方がある。昔は、財産は家長が所有するもので、親族間の窃盗=子が親の物を盗む、というのが一般的であり、逆はあまり考えられなかった。このような子への処罰は親がやるべきもので、国家が口出しすべきでない、というわけだ。
しかし、この事件では、親の死によって保険金を受け取った子の財産を未成年後見人の祖母が叔父夫婦の生活費などに約1540万円を流用した。未成年という社会的弱者が被害に遭っているのに不処罰というわけにもいくまい。最高裁は「後見人は財産を誠実に管理する法律上の義務を負い、その業務は公的性格をもつため、処罰は免れない」と決定した。
しかし、義務を負っているからといって、その義務違反に民事はともかく刑事罰を課すためには明確にその旨を法律で規定しなければならないというのは罪刑法定主義の大原則だ。近代刑法は権力者による刑罰権の濫用を防止するために、法律で明確に定められている場合にのみ刑罰を課すというルール、罪刑法定主義を重視している。悪いことでも法律に書いていなければ処罰することはできないのだ。これは現在、憲法上の要請とも考えられている。
今回の最高裁の判断は、罪刑法定主義に反しないのだろうか。
私は、この横領した祖母が処罰されること自体には異論はないが、法律に反した刑罰が認められたという点で大いに疑問に感じる。
参考記事:孫の財産着服した後見人、親族でも刑免除せず…最高裁が初判断(2008年2月20日23時14分 読売新聞)
刑法
第244条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪、第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。
第255条 第244条の規定は、この章の罪(業務上横領など、括弧筆者)について準用する。
泥棒は悪い、というのは当たり前の話だが、日本には、親族間の財産犯を不処罰にする規定がある。つまり、親や息子、祖母や孫の物を盗んだり横領したりしても、その道徳的評価はともかく、刑法は関与しないということだ。
このような規定の背景には、「法律は家族の問題に関与せず、家族内で解決すべし」という考え方がある。昔は、財産は家長が所有するもので、親族間の窃盗=子が親の物を盗む、というのが一般的であり、逆はあまり考えられなかった。このような子への処罰は親がやるべきもので、国家が口出しすべきでない、というわけだ。
しかし、この事件では、親の死によって保険金を受け取った子の財産を未成年後見人の祖母が叔父夫婦の生活費などに約1540万円を流用した。未成年という社会的弱者が被害に遭っているのに不処罰というわけにもいくまい。最高裁は「後見人は財産を誠実に管理する法律上の義務を負い、その業務は公的性格をもつため、処罰は免れない」と決定した。
しかし、義務を負っているからといって、その義務違反に民事はともかく刑事罰を課すためには明確にその旨を法律で規定しなければならないというのは罪刑法定主義の大原則だ。近代刑法は権力者による刑罰権の濫用を防止するために、法律で明確に定められている場合にのみ刑罰を課すというルール、罪刑法定主義を重視している。悪いことでも法律に書いていなければ処罰することはできないのだ。これは現在、憲法上の要請とも考えられている。
今回の最高裁の判断は、罪刑法定主義に反しないのだろうか。
私は、この横領した祖母が処罰されること自体には異論はないが、法律に反した刑罰が認められたという点で大いに疑問に感じる。